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2018年1月

2018年1月23日 (火)

またも追悼・・・西部邁さん自死

衝撃的なニュースだった。中途半端に思索に耽っていた20代の頃、著書をいくつか読んだハズ・・・殆ど覚えてないし、理解できてたのかもアヤしいもんだけど。自分にとっては、真摯な思索者であり、かつひねくれ者の極致のような方だった。その論には共感するもの、しないもの様々だったような気がするが、知識人としての矜持というのだろうか、真摯な態度に圧倒されたものだ。合掌。

2018年1月 9日 (火)

どこまでイケるか?使い捨てカミソリ

連休明けて明日から仕事。蓄えた髭をイッキに剃るのは爽快なり。
今は安い使い捨てカミソリをどれだけ使い続けられるか試行中。既に週4日の使用で3か月使い続けているが、まだまだイケそう。首にちょっとカミソリ負け出来たけど。Img_20180109_232258


追悼 星野仙一さん

中日ファンとしてはやはり触れておかねばなるまい。ちなみに私は、あの山本昌が入団した年のドラフト1位藤王康晴(今はもう誰も知らんか・・・)のサインを持っていたくらいには熱心?な中日ファンである。
中日ファンとして、ちゃんと野球をわかって見始めた頃、星野仙一は紛れもなく中日のエースだった。小松はまだルーキー、星野以外の投手では三沢淳、堂上照、藤沢公也あたりが印象に。投手コーチが稲尾だった。宇野のヘディングもリアルタイムで視ていた。この時の投手も確か星野。そして近藤貞雄監督のもとでの劇的な昭和57年の優勝。星野は既に主力から外れ、この年に優勝の陰でひっそりと引退したような。
その後、中日監督に就任。就任するや牛島、上川、平沼らを放出しロッテから落合を獲得したほか、谷沢健一を引退させ、大島康徳、平野謙、中尾孝義を放出するなど57年の優勝メンバーを切って世代交代を進めていくのを複雑な思いで見つつも、応援し続けていた。
そして昭和63年の優勝。高校生だった私はわざわざ名古屋まで鈍行を乗り継いで西武との日本シリーズを観に行った。第二戦、小松が先発し唯一勝利した試合。内野席で応援していて現地ではわからなかったが、後でテレビでベンチ内で星野監督が椅子をマジ蹴りしているような映像を見て、ああコワいオッサンなんやなあと思ったことも記憶している。
90年代後半の第二次政権については余り記憶がない。20代後半、仕事が超多忙だったし、最もプロ野球に関心がなかった、というかそんなヒマもなかった時期だった。復活するのは平成13年に東京から名古屋へ転居してから。その後は落合時代へ。
私はどちらかといえば、宇野勝のショート守備に象徴されるような、ゆるくて弱いドラゴンズのほうがなんとなく愛らしくて好きだったのだが、星野時代はそうしたゆるい雰囲気はなく、締まっていた。後の落合時代もそう。牛島和彦、上川誠二の放出は悲しかったが、落合博満が来て、後に監督になってという流れを考えると、歴史の必然だったのかなあという思いを強くする。
ご冥福をお祈りします。

2018年1月 4日 (木)

年末年始に感じたこと その2

(超ローカルな話題ですが)
近江大橋が無料になっていた!知らなかった。実家から琵琶湖対岸の大津プリンス、西武辺りへ行くのにこれまで通り1号線で瀬田川渡るか、浜街道~近江大橋経由で行くか、マジで悩む。30年前は浜街道も大萱地区を抜けると見渡す限り田んぼか畑で地の果て感漂ってたのが、アパートや分譲戸建 、ロードサイト店舗等に埋め尽くされてこれも今は昔。狭いままの浜街道には車がひしめき、人口減社会だというのに不思議な感じ。
(どうでもエエことやけど、大萱(おおがや)って今読むと名古屋弁みたい…せんだがや、ほどではないが)

2018年1月 3日 (水)

年末年始に感じたこと その1

12/30恒例の洛星弓道部飲み会@京都駅前。ついにいつもの店が予約で占められていて入れず。他を数軒当たるも同様、客引きの兄ちゃんに案内された店に入ってなんとか開催。10年ほど前に河原町から京都駅前開催に変えた時は飲み屋もガラガラでこりゃいいやと思ったのも今は昔。来年から予約するか・・・案内あってもなくても同日同時刻同所に何となく集まって30年近く開催してきた会の趣旨に反するようで気が進まないのだけれど。

正月三が日はゆるーく

元旦:朝家族で私の実家のある大津へ向かい、外で両親と弟妹の家族と会食の後、実家へ。いとこ同志遊んで子どもたちは楽しかったようで、にぎやかに。夕食の後、名古屋へ帰る。私は朝から和服で出掛けた。
2日:朝から連れ合いの両親と弟さんが来る。恒例のとろろご飯を皆で食べる。義両親と弟さんは12時半に解散。例年は瀬戸の連れ合いの実家に弟家族も含め集まるのだが、弟さんの娘さんが中学受験だそうで、家族は家に残り弟さんだけ来ることに。その際にいつもと変わったことをということで連れ合いの家に集まることにしたらしい。こちらも子どもを連れて出る手間がなくなった分都合がよかった。午後はのんびり過ごす。連れ合いは夕刻同窓会とかで飲みに出掛ける。
3日:子どもが朝3時に目を覚ましたこともありよく眠れず、朝食の後二度寝。連れ合いと近所の氏神さまへ和服着て家族でお参りに行こうと言っていたのだが、面倒になりどうしようか迷った挙げ句昼過ぎに普段着でお参りへ。今年は神札配布の回覧が回って来ず氏神さまの神札を入手できなかったので、私が近所の別の神社へ足を延ばして入手。氏神さまのではないが、天照大御神様なら全国共通だし、まあいいだろう。
とまあ文章にしてみるとそれなりに忙しかったような気もするし、結構いい加減に過ごしてしまったような気もするしで、総じてゆるーく過ごした正月だった。

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